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短編小説・私は『のえ』


私は『のえ』

  『のえ』が私の職場に戻ってきたのは二月の寒い初旬のことであった。のえとは猫のことで、妻が散歩中に生まれたばかりのまだ目が開いてない子猫を拾ってきた。それがのえである。職場に戻ってきたというのは、拾ってきてから2ヶ月は我家で育て、その後、妻の友人に引き取ってもらっていた。ところが1年半後、のえの発情でうるさくて飼えないというので、仕方なく引き取った。
 我家で飼いはじめた頃は『福』と名前を付けていた。というのは拾ってきた翌日、育てる自信がなかったので動物愛護センターに持っていった。そこの方が、この猫は招き猫ですと言うので娘が『福』と付けた。センターは里親の斡旋だけで引き取ってはくれない。二ヵ月間飼うと里親を斡旋してくれるという。この猫なら福猫だから里親はすぐに見つかると言われた。牛乳は絶対飲ませては駄目といわれ、猫専用のミルクがあり、哺乳瓶といっしょに買って大雨の中を我家に急いだ。

 2月の第一日曜日、私は猫を引き取りにいった。一年ぶりの再会、当然のことだがすっかり大人になった猫に私は驚いた。それも垢抜けした美形の猫、こんな猫にはあまりお目にかかれない。私が言うから間違いない。見かけに反して気性は激しい。人に抱かれることを嫌い、飼い主にも噛みつくらしい。そんな猫も外では弱く、内弁慶の代表である。
携帯用のペット籠で猫を事務所まで運んだ。蓋を開けようと手を取っ手に近づけると威嚇の声を発しだす。
 女房の友達にあげて、一ヵ月後くらいに、一晩預かって欲しいということで我家に持ってきた。私は籠から出そうとするが、威嚇して出ようとはしない。ゴルフ用の手袋をしてつまみ出そうとしたが、手におえず、諦めたことがある。あのときの猫の血相を思い出した。
 私は恐る恐る蓋の取っ手をつかんだ瞬間、猫がパンと音を立て威嚇してきた。その勢いで蓋が少し開いた。これだったら猫も出られるだろうと思い、事務所のドアを閉めて、とりあえず、車を駐車場に入れに行った。戻ってきて恐る恐る事務所のドアを開けた。ドアの隙間から外に出られたら二度と戻ってはこないだろう。だがその心配はなかった。私はそうっと籠を覗いたが、もう籠の中には猫の姿はない。事務所の中の目のつくところには猫の姿は見えない。散々探したあげく、猫の潜んでいるところの検討は付けた。ダンボールやいろんなものを積み上げている隙間に多分潜んでいる。
 私はその前にペットシートを敷いたトレイをオシッコ用と糞用に二つ、餌そして水をおいた。
猫の名前「のえちゃん」とよんでも反応はない。

 私、のえは一週間というもの事務所の片隅の隠処(かくれや)に身を潜め、人目を避けておりました。のえは人一倍用心深く、人見知りの激しい性質でして、というよりは臆病者といったほうが的を射ているのかもしれません。一年中で最も寒い二月初旬の一週間は、さすがに、のえも堪えました。トイレの場所と餌はご主人が用意してくださっていましたので、事欠くことはありませんでしたが、辛かったのは寒さです。特に朝方の冷え込みは、下の床からもろに私の躰に襲い掛かってきました。でもこれくらいのことに耐えられないようでは猫の世界では生きていけません。三日目位からは、人気のない真夜中の事務所を徘徊できるようになりました。これで随分気分的に楽になったのは確かです。
 一週間目に、のえは少し冒険をする気になりました。それはご主人が事務所にいる時に、隠処から出てみることでした。この隠処はご主人の居るところからは死角になっていて、わざわざ覗きに来ないと見えないところです。昼下がり、のえは注意深く隠処から抜け出し、未知の世界に足を踏み入れたとたん、ガタッと音がしてしまいました。ご主人に気付かれなければいいがと祈っておりましたら、ご主人の顔が現れたのです。二人は目を合わしたまま一時、時間が止まってしまいました。次の瞬間、ご主人はのえが隠処に戻るのを恐れて顔を引っ込めてしまいました。のえも急いで隠処を知られまいと身を隠しました。その後すぐ、ご主人はまた覗いてきましたが、のえの姿のないのにがっかりして、自分の机に戻っていきました。
 少し暖かくなってきましたので、のえは昼寝をすることに決めこみ、ご主人が事務所に居る間は隠処からは出ませんでした。
 翌日の昼下がり、のえは隠処から出ることに再度挑戦し、周囲を観察していました。案の定、ご主人が顔を出してきました。昨日と同じように急いで顔を引っ込めてしまいました。しかし今日ののえは、昨日とは違ってご主人がもう一度顔を出すのを待ってみることにしました。のえの期待どおり、ご主人はお雑魚(じゃこ)を一匹持って現れたのでした。餌でなつけようという魂胆なのでしょう。のえはそれに応えてあげることにしました。ご主人が差し出している雑魚にそっと近づいていき、匂いを嗅ぐと一ヶ月ぶりの懐かしく香ばしい匂い。私はとっさに手が出、ご主人の手の甲を爪で掻いてしまいました。驚愕したご主人の手から雑魚が隙間に落ち込んでしまい、取ることができません。それを見たご主人が、すぐさまもう一匹雑魚をもってきて、今度は床に直接おきました。ご主人の手の甲に三センチくらい、血がにじんでいました。わたしは床に飛び降り、警戒心を持ちながら食べました。するとまた、ご主人は私から一メートルくらい離れたところに雑魚をおきました。わたしをなるべく事務所の中央におびき寄せようという魂胆、でもその手にはのりません。雑魚を咥えて隠処に引き上げ、ゆっくりと味わって食べました。極楽極楽。

 翌日、ご主人は指の先までワイシャツの袖で隠して、雑魚をのえに差し出して来ました。昨日と同じく、私は手の爪をたててみましたが、ご主人は痛がる気配がなく堂々と雑魚を差し出しています。これには、のえも感心させられ、美味しそうに雑魚を食べてやりました。これに気をよくしたご主人は三匹も雑魚を与えてくれました。
 そのお礼に私は、事務所の中央に思い切って出て行ってあげると、ご主人の喜びようは、それはそれは大変なもので、早速奥様に「のえが出てきた、出てきた」と、声がひっくり返らんばかりに電話を掛け始めたのです。実はご主人同様、のえもとても嬉しゅうございました。だって、昼間もこれからは自由に──自由といっても十坪位の事務所内ですが──行動できるようになったわけですから、いわば私の記念すべき日──これは少し大袈裟でしょうか。

 それからはご主人に対する私の警戒心もやや薄れ、隠処から出ている時間が多くなりました。そんな私をご主人は撫でたくてたまりませんが、猫としての矜持が特に強い私ですから、そんな態度をするとご主人の手を爪で引っ掻き、一目散に隠れ処に引きこもります。卑怯な行為かもしれませんが、防衛本能のなせる技でございますので、勘弁いただきたいと存じます。
ご主人が私を抱こうとしたときがありました。その時は私も焦りました。ご主人の手に噛みつき、後ろ足で腕を掻きむしりました。これにはご主人もたまらず、私を放り投げました。ご主人の手には歯形と数本のひっかき傷ができ、そこから血がにじみ出ておりました。毎日、私のトイレのペットシートを取り替え、餌を与えてくれるご主人には申し訳ないと思うのですが、これだけは何があっても譲れないのです。
 だが、わたくしが不思議に思うのは、ご主人はわたくしを一度も怒らないのです。前のご主人には、のえは蹴飛ばされた記憶があります。それからは、前のご主人に2メートル以内には決して近寄りませんでした。ご主人が動くと反射的に逃げていました。ご主人でもこれほど性格が違うものでしょうか。


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